文章は、いつ誰に届けるかで影響力が変わるので、初心者ブロガーはPV0でも安心して良い

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Webブログに小説家のような巧みな文才はいらない

 

ブログを書き始めた頃は、

 

自分の文章が読まれる価値があるか分からず記事を書いていました。

 

けれど、ブログ記事というのは、別に小説ではないので、村上春樹のような圧倒的な想像力は別にいらないんです。

 

 

「読みたいことを書けばいい」という本には、物書きは「調べる」が9割9分5厘6毛 という言葉が書かれていますが、

 

僕たちWebライターの仕事は、特にブログのような情報発信においては、

 

別に想像力豊かで巧みな文才を発揮するよりも、

 

詳しく調べたことを分かりやすくまとめることに価値が付属するという風に捉えれば良いです。

 

クラブDJと呼ばれる人々が、他人の曲を場の雰囲気によってまとめ心地よくミックスして途切れないように流すことが、

 

クリエイティビティであるのと似ています。

 

歴史書も事実をとことん勉強することで生まれた

 

この法則(物書きは「調べる」が9割9分5厘6毛 )は、ブログだけではなくて、全ての物書きの種名とも言えまして、

 

例えば司馬遼太郎という龍馬伝を書いた作家のエピソードとして、こんなものがります。

 

いずれにせよ、とにかく「調べること」の極みのような作家だった。司馬遼太郎が古書街に行くと、トラックいっぱい資料を買うので、古書街全体がしばらく仕入れのために休みになると言われた。わたしなど、司馬遼太郎の本で読んでないものがもうないことが人生の悲しみである。

 

詳しく第一ソースを調べて調べて、その結晶の一粒を、一つの記事に落とし込めば、

 

必ずその記事は読者主体になれるのです。

 

結局、読む気のない人に読ませるのはほぼ無理

 

また、例えそのようにして一生懸命に調べて書いた文章ですら、

 

読む気のない人に、無理矢理読ませるほどの力を発揮するのは超困難ですし、

 

それこそ、村上春樹や、貫井徳郎の小説のように、

 

気まぐれや偶然に文章を読み始めても、物語に吸い込むような吸引力というか、

 

別の努力を持ってして磨かないといけない才能になってきます。

 

私は、自分のブログが始まったばかりの頃、自分のブログとは別に、

 

Quoraという質問サイトに記事のシェアをして、質問に答えるコンテンツを作っていました。

 

そしたら、事実としてブログではなんの反応もPVもゼロなのに、

 

Quoraでは一部の人たちの関心に刺さって数万PVも短期間で伸びたこともあります。

 

自分の文章は、人目に着く場所であれば読まれるんだと実感した瞬間でした。

 

逆に言えば、誰でも一眼につかなければ読まれないなんて当たり前だとも学び、別に自分の能力が無さすぎるわけではないと思ったんですね。

 

始めたばかりのブログのPVが無いのは当然

 

このように、始めたばかりのブログというのは、

 

誰もがPVは無い状態から始まりますから、安心して毎日書き続けて、自分の文才がないとかネガティブにならないで欲しいです。

 

自分の書く能力と、PVは、最初のうちは努力の量に比例しないかもしれないし、SEOやメディア運営や、Webの勉強を怠っていれば、

 

ただ努力するだけでもPVは伸びないが、それら総合的な能力がついてくれば、必ず、むしろ自分のライティング能力以上に読まれるようになります。

 

初心者ブロガーが勉強することは、文章やライティングに全勢力を突っ込むことではなく、SEOやメディア運営や、Webの勉強を並行して頑張ることなのです。

 

努力は結構裏切りますが、勉強はあまり裏切りませんから。

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